フェレット情報ブログ

2013.10.28更新

中高齢期のフェレット(約4歳以上)には、血糖値が低下する疾患が多発する傾向が有ります。この病気はインスリノーマと呼ばれています。当院では、文献などに基づきフェレットの血糖値が70mg/dl未満の状態を病的な低血糖症と定義しています。

4〜5歳以上の中高齢期のフェレットは、健康体であっても日常的な活動性が若い頃よりも低下し、何時も寝てばかりいる場合も見られますが、低血糖症による活動性の低下であっても、外見上の区別はなかなか困難です。
中高齢期になってからの健康診断で、一般身体検査では異常が見られないフェレットの血液検査において低血糖症が発見される場合も多く見られます。この様な、無症状に見えるフェレットの血液検査において低血糖症が発見される機会の多さを考えると、潜在的に低血糖症を抱えている中高齢期のフェレットは非常に多くいるのではないかと思われます。

症状
フェレットの低血糖症の症状は、二つのグループに分けられます。
一つは血糖値の低下の中枢神経系への作用となります。中枢神経(脳や脊髄)はブドウ糖しかエネルギー源として利用できません。そのため、血液中の血糖値が一定水準以下に低下すると中枢神経組織の機能低下が発生します。これにより、意識混濁や意識消失が発生します。場合によっては中枢神経障害による痙攣発作が発生する場合も有ります。
意識混濁が極軽度な場合には、活動性の低下や後肢のふらつきとして発見される場合も多く見られます。
何となく近頃のフェレットの活動性が数ヶ月前と比較して低下しているように見えたり、特に後ろ足の踏ん張りが利かなくなっていたり、寝起きの初めの頃の歩き方がふらついていたりした場合には、老化現象ではなく低血糖による症状と考える方が良いと思います。

もう一つの症状は、低血糖に誘発された交感神経の異常な興奮によって引き起こされる症状です。血糖値が低下すると、体では血糖値を上昇させる仕組みが作動します。その引き金を引くのが自律神経の一つである交感神経となります。交感神経の興奮によって血糖値を上昇させる様々なメカニズムが作動し、血糖値を上昇させようと体は頑張ります。しかしながら、この興奮が過度に成り過ぎると、心拍数の異常な上昇をはじめ、呼吸数の異常な増加(呼吸速迫)、パッドなどを含めた全身の皮膚の発赤、ヨダレの増加、等々全身が異常な興奮状態となり、ぐったりとした虚脱状態となって発作様の症状を示す場合が有ります。

診察室で診療していると、フェレットの低血糖症には二つの不思議な特色が見られます。
一つは、極めて重度の低血糖状態であっても、殆ど症状が出ていない場合が見られることです。数字としては30mg/dl程度の重度の低血糖でも安定していることが見られます。
外見上健康に見えるフェレットの健康診断目的の血液検査でこのような重度の低血糖を発見することも珍しくはありません。また、低血糖に対する投薬治療を行っている中で、治療に対する反応が乏しくなった状態の結果としてこのような重度の低血糖状態が常態化する場合もありますが、そのような場合においても臨床症状は安定していることがしばしば見られます。このようなフェレットは、一日のうちで時間を空けて複数回血糖値を測定しても常時30mg/dl前後を記録します。本来であれば中枢神経症状が発生しても不思議ではない数字ですが、フェレット自身は何食わぬ顔で平然と生活しています。人でも無症候性低血糖(無自覚性低血糖)として記載されており、この場合には、明らかな低血糖症状を表に出さず、本人も自覚症状なしに生活している中で、突然意識喪失を来すとされております。フェレットでも同様の症状を発生するのかは確認できておりません。

もう一つは、自宅で突然激しい発作を発症して病院に担ぎ込まれたフェレットの血糖値は必ずしも重度の低血糖ではないことが多いという点です。多くの場合には50mg/dlから
60mg/dl前後のことが多いです。70mg/dl未満から低血糖症と定義していますので、数字的には軽度の低血糖症となりますが、自宅での発症時の症状は非常に激しい重度の症状であることが多いようです。もっとも、来院前に飼い主様が応急処置としてフェレットバイトや砂糖水などを投与している場合も多いので、必ずしも発症直後の血糖値と測定した血糖値が同じとは限りませんが、これらの多くは治療開始後も血糖値はそれほど下がらないことが多い傾向が有ります。

一番目にご紹介しました重度の低血糖にも関わらず平然と生活しているフェレットについては、人のインスリノーマの患者さんにも発生すると言われている、低血糖への中枢神経系の『慣れ』が発生することが理由とされています。先にも述べた無症候性低血糖であり、人では本人の自覚がないまま突然の意識喪失を来すため社会生活状の危険性が高いとされています。
二番目にご紹介しましたケースは、普段からそれほど低い血糖値でないインスリノーマに罹患しているフェレットが、急激な血糖値の低下(例えば、80~90mg/dlから50mg/dl前後まで下がるなど)が発生した場合に起きる臨床経過であると考えられます。恐らく交感神経の過剰な興奮が背景にあると考えられます。
このように考えれば、激しい臨床症状の割に来院時の血糖値がそれほど低くないことの説明がつきます。

その他、健康診断の際の血液検査で低血糖が発見された際のフェレット多くには、体重減少が見られます。飼い主様は食欲不振などの気になる症状は無いと思われていても、急激ではなくゆっくりとした体重減少が発生していることが多いようです。恐らく、活動性の低下によって食餌を食べる時間が短くなり、結果として一日のうちに食べるフードの量が若干少なくなってしまうことがゆっくりとした体重減少の原因ではないかと思われます。

発症原因
フェレットの低血糖症の事実上全ては、膵臓に発生したインスリノーマと呼ばれる腫瘍が原因となります。
膵臓に存在するβ細胞と呼ばれる細胞が腫瘍化したものがインスリノーマです。
膵臓のβ細胞は血糖値を低下させる作用のホルモンであるインスリンを生産する細胞です。そのため、腫瘍性に増殖したベーター細胞からは過剰なインスリンが生産されてしまいます。この過剰なインスリンが低血糖を引き起こします。
糖尿病の患者さんがインスリンの注射を誤って多く注射し過ぎた場合と似ていると思われます。しかも、この過剰な状態が持続的に発生しますので、低血糖状態が慢性化します。


治療
くらた動物病院においては、フェレットのインンスリノーマの治療に関しては内科的治療を優先し、インスリノーマを摘出する外科的治療は殆どの場合には行っていません。
内科的治療に関しては、ステロイド剤(プレドニゾロン)の内服を実施します。
プレドニゾロンには、肝臓においてブドウ糖を生産する糖新生作用を促す働きや、インスリンの効果を発揮しにくくさせる作用などによって、血糖値の上昇をもたらす効果があります。また、人のインスリノーマの治療にも用いられるジアゾキシドという薬も使用薬剤の候補と成ります。この薬はインスリンの産生そのものを抑制する働きがあります。
当院においては、文献に基づき、先ずはプレドニゾロンの投与から開始し、病状の推移に応じてジアゾキシドの併用を開始します。当院においての治療経験上からも、ジアゾキシドの作用には個体差が多く見られるため、安定した確実な効果を期待する必要性が高い低血糖の治療においては、ジアゾキシドよりもプレドニゾロンの方が確実性が高いと考えております。
外科的治療に関しては、膵臓に発生しているインスリノーマの切除を実施することになります。当院における手術経験では、多くの場合においては肉眼的に発見可能なインスリノーマは膵臓の表面に1mm~2mmの小さなドーム状の腫瘍として認められます。この腫瘍を周囲の正常な膵臓組織から剥離して摘出します。摘出時の腫瘍の形態は球状です。
この方法の場合には、肉眼的に発見可能な腫瘍を全て摘出しても、手術後において血糖値が正常化しない場合も多く見られます。特に、手術直後には血糖値が上昇しても、その後数日から数週間で再び血糖値が低下している場合が多く見られます。血糖値の正常化を目的とした手術としては、その治療成績は極めて悪いと思われます。
勿論、術後に長期間に渡って血糖値が正常値を示す症例もありますが、少数派であると考えます。
この原因は肉眼的に発見可能な腫瘍病巣以外にも多数の非常に微細な病巣が膵臓組織中に潜在している為であると考えられます。
文献的には膵臓の一部を潜在的に存在する腫瘍ごと広範囲に切除する方法などが紹介されておりますが、当院での実施例はありません。
以上の通りの理由によって、当院ではインスリノーマを外科的に摘出する手術は基本的に実施しておりません。
ただし、他の疾患が理由による開腹手術の際にインスリノーマが発見された際には、摘出を行っております。その際の治療成績は上記の通りです。


予後
インスリノーマが原因の低血糖は、持続的に増殖する腫瘍が原因であるため、原則的には病態は進行性の疾患です。経過時間とともに血糖値の低下傾向は強まります。
しかしながら、一方でインスリノーマに罹患したフェレットの予後は、個体によっての差が非常に多く認められる事も事実です。
どのフェレットも血糖値は時間経過とともに低下傾向を示しますが、数週間で急激な低下を示す場合も稀にある一方で、半年、1年経過しても殆ど同じ血糖値を示している場合も有ります。

大多数の場合においては、インスリノーマは投薬によって安定した良好な生活の質を維持することの出来る、長期間のケアーの必要な慢性疾患と捉えることが出来ると思います。

進行の度合いに応じてステロイドなどの投薬量の調整を随時行います。
その際に当院で重視していることとしては、あくまで臨床症状の状態に応じた投薬量の調整を重視するということです。
検査数値が低下を示していても、臨床症状が安定していれば投薬量を増量しない場合も多々有ります。また一方で数値上の変化は微小でも、明らかに臨床症状の悪化が見られた場合には、投薬量の増量を検討しています。
当院の方針としては、外見7割、数値3割での病状の評価と言えると思います。

投稿者: くらた動物病院

2013.10.13更新



副腎腫瘍はフェレットの疾患の中でも発生頻度の高い疾患として知られています。
この傾向は、私がフェレットの診療を始めた95年頃から変わらない状況であり、フェレットという動物種特有の傾向であると思います。
フェレット以外の犬やネコなどのペットとして一般的な動物種では、フェレットと同様の副腎腫瘍はほとんど発生しません。
犬やネコ、特に犬でも副腎腫瘍は発生しますが、フェレットの副腎腫瘍とは病気としての内容が大きく異なります。どちらの副腎腫瘍も腫瘍からある特定のホルモンの分泌が過剰となり、そのホルモンの作用によって様々な臨床症状が発生しますが、犬の副腎腫瘍から過剰に分泌されることの多いホルモンが『副腎皮質ホルモン(コルチゾール)』と呼ばれるホルモンであるのに対して、フェレットの副腎腫瘍から分泌されるホルモンは主として『性ホルモン(男性ホルモン=アンドロゲンや女性ホルモン=エストロゲン)』であるという大きな違いがあります。
そのため、犬の副腎腫瘍の場合とフェレットの副腎腫瘍の場合では、発生する臨床症状は大きく異なるものとなります。

症状
ほぼ全ての症状は副腎腫瘍から分泌される性ホルモンの作用による症状となります。

先ず、副腎腫瘍に罹患したフェレットの90%に発生すると言われている脱毛が最も有名な症状でしょう。(未だに毛の無くなったファレットを皮膚病として検査治療を行う獣医師がいますが・・・)
書物にも脱毛と書かれているので本欄でも脱毛と表現しましたが、正確には発毛不全であると私は考えています。季節的な換毛の時期に古い毛は抜け落ちますが、本来はそれと同時に新しい毛が発毛します。しかしながら副腎腫瘍に罹患していると、発毛が副腎腫瘍によるホルモンの異常によって抑制されているために新しい発毛が起こらず、結果的に古い毛が抜けた後に地肌が露になるということが発症のメカニズムであると考えています。
毛が抜け落ちること(脱毛すること)自体は正常な生理的な反応の範囲であると思います。
副腎腫瘍の症状としての地肌の露出する範囲が急激に拡大する場合もあれば、ゆっくりと薄毛の範囲が拡大する場合もありますが、その理由としては、生理的な正常な換毛の際の毛抜けの進み具合の個人差や同じ個体でも季節による差があることが考えられます。
少なくとも、急激に薄毛の範囲が拡大するからとって、副腎腫瘍が大きいとは限りません。頭部以外全身に毛がない状態のフェレットでも副腎腫瘍は数ミリしかないという場合も多くあります。さらに、薄毛の範囲の拡大と副腎腫瘍の大きさの増大にも直接的な関連はありません。被毛と腫瘍の大きさとの関連で言えば、一度広範囲にわたって毛が薄くなったフェレットが、ある時期から再び毛が生えてきて元通りになった場合が見られますが、このような場合において、副腎腫瘍が非常に大型化している場合が見られます。
副腎腫瘍は、初期の段階では副腎皮質過形成、次に副腎皮質腺腫、最後に副腎皮質腺癌と進行すると言われています。癌化した場合には、その組織の正常細胞が本来持っているホルモンを生産する能力などの正常な機能が、細胞が変質しすぎて失われることがあります。そのために副腎皮質腺癌からのホルモン分泌が減少し、性ホルモンに起因する様々な症状が消失し、一見正常に戻ったかのような状態になるのだと思います。
この点で言えば、一度でも副腎腫瘍を疑う症状が出た場合には、症状が自然に消失したからといって油断は出来ないと考えるべきだと思います。むしろ積極的に腫瘍の大きさを検査していただくべきだと思います。

外陰部の腫脹はメスのフェレットが副腎腫瘍に罹患した場合の代表的な症状です。
女性ホルモンの作用による症状となります。場合によっては、外陰部が著しく腫脹し、乳腺も腫れているのに被毛はふさふさのままである場合もありますが、これについては、季節的な換毛の時期がまだ来ていない場合が考えられます。
同様に、オスのフェレットで副腎腫瘍が発生している場合において、被毛はふさふさであるにもかかわらず、女性ホルモンの作用によって乳腺が腫れている場合も見られます。
オスのフェレットの乳腺から乳汁が分泌されることもあります。これについても、薄毛が発生していないのは換毛時期の問題である考えています。

その他、皮脂分泌の増加による体臭の増加、マーキング(トイレ以外の場所で少量の尿を回数多くするようになる)や他のフェレットに対する性的行動(首筋をかんで組み伏せる等)、オスのフェレットに発生する前立腺の肥大や前立腺周囲嚢胞の発生に起因する排尿障害なども、副腎腫瘍に関連した症状として認められます。

発毛抑制に関しては、その原因の主役は男性ホルモンではないかと推測しています。
前述したメスで外陰部の腫脹のみで被毛に異常がない場合や、オスで乳腺の異常だけで被毛に異常がない場合などは、季節的換毛の時期の問題だけではなく、ひょっとしてら分泌過剰になっているのは女性ホルモンだけであり、男性ホルモンの分泌過剰が起きていないのではないかと考えております。
また逆に、メスのフェレットでありながら、全身の毛が無くなってしまった状態でありながら、外陰部は全く腫れていない状態の副腎腫瘍の症例も少なからず経験しております。
これなどはまさに、外陰部を腫らす女性ホルモンは少なく、男性ホルモンが過剰であるために薄毛だけが発生しているのではないかと考えております。
これらの件につきましてはホルモン測定などによる証明は実施しておらず、あくまで外見上の臨床症状を基にした私個人の推測にすぎません。

ホルモン起因性以外の症状としては、腫瘍組織の存在そのものが原因の症状が考えられます。
具体的には、副腎腫瘍の増大とともに後大動脈と後大静脈が物理的に圧迫を受けて循環不全が生じます。また、増大した副腎腫瘍組織の一部が後大静脈内部に侵入し、腫瘍栓を形成することがあります。この腫瘍栓によって血流障害が発生し、循環不全が発生します。
その結果、腹水の貯留や後肢の浮腫などが発生し、全身状態の悪化を来す場合もあります。左副腎腫瘍が後大静脈内部に腫瘍栓を形成した場合には、左右の腎静脈と後大静脈との接続部の閉塞が発生して急激かつ重度の致命的な腎不全を発生する場合も有ります。
また、突然死を起こす場合も極めて稀に見られます。

発生要因
現在知られていることとしては、以下の通りです。
毎年春から秋にかけて脳から分泌される正常な性腺刺激ホルモンが、本来の対象である睾丸や卵巣が除去されているために、副腎の性ホルモン分泌組織に作用することがそもそもの発生要因となります。本来ならば少量の性ホルモンを生産するにすぎない副腎の組織から大量のホルモン分泌が始まります。同時に性ホルモンに起因する各種の臨床症状が発症します。一方で、その高い機能を維持するために組織は発達し大きくなり、過形成となります。その後、何らかの要因によって腫瘍化が始まり、大型化しながら良性の腺腫から腺癌へと移行してゆきます。
しかしながら、この説明では避妊去勢されていながら生涯副腎腫瘍を発症しないフェレットがいることを明確に説明できません。また、特にオスの去勢されていないフェレットで
副腎腫瘍が発生することについても明確に説明が出来ません。

治療
病状に応じて内科的治療と外科的治療が選択できます。
副腎腫瘍は、本来は腫瘍治療の原則通り早期発見早期摘出を実施すべき疾患ですが、フェレットの副腎腫瘍はほとんどの症例において増大速度が極めてゆっくりであるため、例外的に早期の摘出を実施しないという選択肢を選ぶことができます。
一方で、副腎腫瘍に起因する臨床症状は、前述の通り副腎腫瘍から分泌される性ホルモンによるものであるため、内科的治療はその性ホルモンをコントロールすることが目的となります。
内科的治療に用いる薬剤は、酢酸リュープロレリンという成分の薬品(商品名リュープリン)を用います。この薬品を皮下注射にて投与すると、性腺刺激ホルモンの分泌が抑制されるため、副腎への刺激作用が減少し、結果的に副腎からの性ホルモンの分泌が抑制されます。
性ホルモンの分泌が抑制された結果、発毛が始まったりマーキングなどの性ホルモンに起因する各種臨床症状が消失します。
最近の当院では、副腎腫瘍が発見された際には、90%前後の割合でまず初めの治療オプションとして内科的治療が選択されています。
内科的治療を開始した場合には、必ず気を付けなければならない点として、副腎腫瘍の大きさの確認を定期的に実施することが挙げられます。
リュープリンによる内科的治療を開始すると、多くの場合で外見上の臨床症状は殆んど消失するため、副腎腫瘍の存在を忘れてしまいかねませんが、くれぐれも副腎腫瘍の大きさの定期的な確認を忘れないようにしましょう。



外科的治療は、開腹手術を実施し、副腎腫瘍の摘出を実施します。
実際には、副腎腫瘍と正常な副腎組織の区別はつかないため、副腎腫瘍と正常な組織を含んだ副腎全体を摘出します。そのため、手術後は片側の副腎組織は完全に無くなります。
正常なもう片方の副腎が残れば、健康への悪影響はまずありません。
そのため、当院では左右両側の副腎腫瘍の場合には、原則的に手術不適応と判断しています。例外として、両側性でありながらも片側が急速増大した場合には、手術を検討する場合があります。

当院ではリュープリンによる内科的治療の最中に増大傾向が明らかになった場合や、最初の診察時に既に腫瘍の径が1センチ前後で発見された場合には積極的に手術をお勧めしています。

最近の傾向として、他院でリュープリン治療を継続的に受けていた最中に、腫瘍が増大してきたために当院に転院してくる例が多く、そのため数センチ(2〜3センチ)前後の副腎腫瘍の摘出が多く見られます。私は最大で約7センチの大きさまで増大した副腎腫瘍の摘出手術の成功を経験しています。

数センチ以上の大きさに増大した副腎腫瘍には、左右とも共通した手術手技上の注意点が存在します。
一つの注意点としては、副腎腫瘍を発達させるために必要な栄養を供給する栄養血管が、前腸間膜動脈から発達している場合が多くの場合である点です。前腸間膜動脈は絶対に損傷してはならない血管ですので、細心の注意が必要です。前腸間膜動脈から枝分かれしている栄養血管が非常に短く、あたかも前腸間膜動脈が直接腫瘍に分布しているように見える場合もありますが、当院での症例では全ての症例で枝分かれした栄養血管は存在しており、栄養血管を剥離分離し、慎重に結紮して切断する必要があります。万が一にも栄養血管を不用意に切断すると、前腸間膜動脈からの制御不可能な出血を来すことになります。
前腸間膜動脈は、大動脈から枝分かれして左側に伸びているため、特に左副腎腫瘍が大型化した際に副腎腫瘍と前腸間膜動脈が接近もしくは重なり合うことが見られます。
一見すると副腎腫瘍に前腸間膜動脈が完全に取り込まれているように見える場合もありますが、当院での全ての症例では、副腎腫瘍と前腸間膜動脈は分離が可能でした。

もう一つの注意点としては、3センチから4センチ程度以上の大きさに増大した副腎腫瘍は、左右に関わらず後大静脈の内部に腫瘍組織を侵入させていることがしばしば見られます(1センチ余りの腫瘍でも可能性はあります)。場合によっては、後大静脈内部に侵入した腫瘍組織が増大し、血管内腔一杯に増大し、血管を押し広げている場合もあります。この場合には後大静脈の血流はほとんど遮断されています。これらは腫瘍栓と呼ばれます。また、血管内を数センチの長さに伸びて心臓の側に向かっている場合もあります。
このような状況の場合には、当院においては左副腎腫瘍の場合には後大静脈の血流を一時的に遮断し、血管壁に切開を入れることで血管内部の腫瘍組織を摘出し、腫瘍本体とともに全摘出を実施しております。切開した血管壁は縫合し、後大静脈の血流を再開します。
右副腎腫瘍の場合には、殆どの場合においては後大静脈の血流を永久的に遮断し、副腎腫瘍と腫瘍の付着している後大静脈、及びその内部の腫瘍組織を全て摘出しています。
後大静脈結紮離断法と呼ばれています。
この手術法の場合には、後大静脈の血流は永久に遮断されますが、既に腫瘍栓の影響で血流障害が発生しているために、バイパス血管が発達しており、殆どの症例では問題は発生していません。当院で確認されている合併症としては、後肢の浮腫、一時的な腎障害(BUN,CREの上昇)などですが、発生率は低く、時間経過とともに改善しております。

左右どちらの場合においても、後大静脈の遮断の前に、血管クリップによって一時的な遮断を実施し、5分間そのままの状態で経過を観察し、手術モニターの各種パラメーターに異常値が発生しないかどうかを見守ります。この方法によって、長時間または永久的な遮断に耐えられるかどうかの判断を行っております。

ただし、手術前に既に腹水の貯留が見られたり、腎障害が血液検査上に認められているなどの、循環不全の兆候の出ている症例や、食欲元気の減退や体重減少などの一般状態の悪化が顕著に見られる症例においては、5分間の遮断に耐えても術後に致死的な経過を辿った症例を確認しております。

手術に際しては、術前検査として血液検査、レントゲン検査、超音波検査を実施し、手術適応かどうかを判断します。
静脈内点滴のラインを確保した後に鎮痛剤や鎮静剤の投与を実施し、イソフルランという吸入麻酔薬を吸入させて麻酔状態にします。同時平行して各種モニター用の電極などを装着します。気管チューブを気管の中に挿入して吸入麻酔の維持を開始します。
手術をする腹部の皮膚表面の毛をバリカンで刈ります。その後手術部位の皮膚をアルコールとイソジンを用いて消毒します。以上が術前準備になります。
皮膚にメスを入れて切開し、腹筋を切開すると腹腔内に到達します。
腸管が有りますので、それを生理食塩水で湿らせたガーゼで包んで寄せます。

左副腎腫瘍は左腎臓の頭側に存在します。中央にある後大静脈からはやや左側に離れた位置に有ります。左副腎から後大静脈へ血管が1本伸びています。副腎腫瘍を包むサランラップのような透明な膜である後腹膜を切開し、その下の脂肪組織を露出します。副腎腫瘍はその脂肪組織の中に埋まっていますので、丁寧に脂肪組織を副腎腫瘍から剥がします。その際に、副腎腫瘍に分布する血管が脂肪組織の中を走行していますので、それらの血管を糸やクリップで止血して切断します。
特に、後大静脈と接続する静脈や主に副腎腫瘍の頭側に分布する栄養血管は注意して切断します。また、副腎腫瘍の背側にある栄養血管も結紮処理することを忘れないようにします。どの血管も不用意に切断するとその切断端は脂肪組織の中に引き込まれるため、止血処置が非常に困難となります。また、動脈性の栄養血管は非常に細い割に脈圧は高く、圧迫止血法などでは容易には止血できません。
最終的に副腎腫瘍に分布する全ての血管を結紮処理をした後に副腎腫瘍を摘出します。
摘出後に局所の出血の有無を確認した後に閉腹します。
右副腎腫瘍は、右腎臓の頭側、後大静脈に直接付着する状態で存在します。
後大静脈には非常に短い血管が右副腎から伸びています。
右副腎腫瘍の摘出術のポイントは、腫瘍が癒着している後大静脈から副腎腫瘍を剥離できるかどうかという点に有ります。経験上では、エコー検査において5ミリから7ミリぐらいまでの右副腎腫瘍であれば、後大静脈から剥離して摘出することが可能であることが多いと思われますが、1センチを超えると個人的には不可能であると考えます。
剥離可能であると判断した際には、ひたすら時間をかけて丁寧に後大静脈の血管壁から副腎腫瘍組織を剥離します。最終的に副腎腫瘍から後大静脈に伸びている極めて短い血管の部位を結紮して切除します。
剥離が困難な大型の右副腎腫瘍に対しては、以前は後大静脈の血流を遮断後に剥離不可能な血管壁と右副腎腫瘍を一体として摘出し、欠損した血管壁を縫合して血流の再開を図りましたが、後大静脈の狭窄の程度が大きいため、むしろ血管内に血栓の形成などのリスクが生じると思われ、現在はこの手術法は当院では行っておりません。
現在では、後大静脈からの右副腎腫瘍の剥離が困難な症例に対しては、全例に対して後大静脈結紮離断法を実施しています。先ずはじめの段階では、左副腎腫瘍と同様に副腎腫瘍に分布する後大静脈以外の全ての血管を結紮切断処理を実施し、右副腎腫瘍は後大静脈と付着しているのみの状態とします。右副腎腫瘍も前腸間膜動脈から枝分かれした栄養毛間の分布を受けている場合が有るのでこの血管の処理は慎重を期す必要が有ります。特に右副腎腫瘍が後大静脈の左側に増大を示している場合には、要注意となります。位置的には後大静脈の左側に侵入した右副腎腫瘍の尾側のやや左側に前腸間膜動脈は存在します。
また、この際に後大静脈の内部に主要組織の侵入が無いかどうかを極めて慎重に精査します。侵入の有無に応じて後大静脈を切断する部位を決め、血管クリップにて永久的な血流遮断を実施して後大静脈を切断して付着する右副腎腫瘍と共に摘出します。
摘出後に、各血管結紮部位からの出血の有無の確認を実施し、また、左右腎静脈、左副腎静脈の血流の完全性を確認して閉腹します。

後大静脈の血流を一時的に遮断したり永久的な遮断を実施した場合には、手術中も勿論ですが、手術後も十分に静脈内点滴を実施し、腎臓保護のために尿量の増加を図ります。

副腎腫瘍の手術全体を通して言える事柄は、とにかく副腎腫瘍に分布する血管の処理を丁寧に実施することに尽きると思います。症例によっては事実上ほぼ無出血で終えることが出来る手術ですが、目視可能な限界ぐらいの細い血管であっても、動脈性の栄養血管であった場合には想像以上の出血を来す恐れが有ります。血管切断端は脂肪組織の中に引き込まれるため止血処置が困難となります。また、止血処置に時間を取られて手術時間の延長もきたします。細い血管といえども不用意に切断して出血させる前の結紮などの止血処置が大切です。

副腎腫瘍の摘出後において、時間経過とともに反対側の副腎が再度腫瘍化することが見られます。4年間の追跡で約8割に反対側の副腎腫瘍が発生したとの報告も有ります。
実際の臨床では、手術時の年齢が5歳以上であることが非常に多いという背景から、反対側の副腎の腫瘍化が確認された時点で既に7歳から8歳齢であることが多く、結果として腫瘍の増大が寿命を短縮することに至った症例は当院では見たことは有りません。
ホルモンに起因する薄毛や外陰部腫大などの臨床症状はリュープリンによって寿命まで十分にコントロールが可能です。

副腎腫瘍の発生原因は性腺刺激ホルモンの持続的な作用であると考えられている一方で、リュープリンは性腺刺激ホルモンを抑制する効果があるとされていることから、副腎腫瘍の発生の予防に関してリュープリンが有効ではないかと私は考えております。
リュープリン治療を開始した後から副腎腫瘍の増大が非常にゆっくりとなる症例を多数確認していることから考えても、リュープリンの副腎腫瘍予防効果はあるのではないかと考えておりますが、残念ながら実証例は有りません。

リュープリンは非常に高価な薬剤であるため、費用対効果も考慮した上で、現時点では実証例の無いリュープリンの予防的投与は、飼い主様からの希望が無い限りは当院においては行っておりません。





















投稿者: くらた動物病院